傷だらけの体を引きずりながら
鷹丸は御厄様を抱え
屋敷の外へと踏み出した。

肌にまとわりつく湿った夜風が
焼け焦げた腕に鋭い痛みを走らせる。

だが、そんなことを
気にしている暇はなかった。

この屋敷のどこかにワシの本体が封印されておるはずじゃ……

ああ、おれは大泥棒だぜ。任せなって……

不敵に笑うものの
鷹丸の体は限界に近かった。

全身に刻まれた傷は深く
血の匂いが鼻をつく。

それでも、彼は天井裏へと
軽やかに身を滑らせる。

軋む板の上に足をのせ
わずかに鼻をひくつかせた。

くんくん

何をしておる?

おれはな、一度嗅いだ匂いは忘れねぇんだよ

そう言うと、鷹丸は素早く
天井裏を駆け出した。

傷ついた体とは思えぬしなやかな動き。

まるで闇に溶けるように進む
彼の表情が、ふと険しくなる。

……この陰気くせぇ匂いはな……

次の瞬間、鷹丸は無音で
天井から飛び降りた。

目の前に広がるのは
薄闇に包まれた一室。

湿った土壁に、酒と米、塩が
供えられた祭壇。

そして、その奥には、桐の箱に
封じられた御厄様の本体が鎮座していた。

だが、最も目を引いたのは——

揺れるろうそくの灯に照らされ
じっと鷹丸を見据える黒い影。

牢屋で鷹丸を斬りつけた忍びだった。

静寂の中、鷹丸は薄く笑い
腕をぶらりと下げながら言い放つ。

……オレを斬った刀が、プンプン匂うぜ

鋭く研がれた刃が、ゆらめく
炎の光を受けて冷たく光った。

忍びの者がゆらりと動いた。

灯火の揺らめきに紛れ、
影が影に溶ける。

刹那、しゅっという風を裂く音——いや、音を立てぬ剣閃(せんけん)。

チッ……!

鷹丸は紙一重で身をひねり刃をかわす。

袖が裂け、焼け焦げた腕から
新たな血が滴った。

忍びの一撃は鋭い。

だが、鷹丸は笑った。

ははっ……さすが忍びだな。だがよ——

言葉の終わりを待たず
次の刃が襲いかかる。

鷹丸は地を蹴り
畳を転がりながら脇に落ちていた
徳利を掴むと、中の酒をぶちまけた。

!?

忍びの足元に酒が広がる。

鷹丸は転がりざまに手にした
燭台を床へと叩きつけた。

——ボッ!

一瞬にして炎が走る。

……!

忍びが後ずさる。

だが、忍びが動きを止めた
その一瞬!

そこだっ!!!

力の限り、足に渾身の蹴りを叩き込む。

火の粉が舞い、忍びの身体が宙を舞う。


——ドサッ!



影が壁際に転がった。

されど、忍びは即座に体勢を
整え、次の攻撃に備える。

ほう……やるじゃねぇか

鷹丸はにやりと笑った。

呼吸は乱れ、腕は動かぬほどに痛む。

……楽しくなってきたぜ

……

忍びの目が細められる。

鷹丸の背後には桐の箱。

御厄様の封印は、まだ解けてはいない。

さて、もう一勝負といこうじゃねぇか