さて、鷹丸が去りし後の
教会では、シスターたちが
何やら
慌ただしく動いておった。

ひと際静けさの中、そっと小屋
から抜け出したのは、
若きシスター澄音でございます。

彼女が足早に立ち去ろうとした
その時、灯りがちらちらと
近づいてまいりました。

現れたのは一人のシスターの
お清にございます。

お清

澄音、あなたここでいったい何をしていたのです?

澄音

は、はい、私は眠れなくて夜風に当たろうと庭へ出たのでございます。

そうしましたら、小屋から何やら大きな音がしまして……

お清

なに!? 小屋から音が……?

慌てて懐から鍵を取り出し、
小屋の扉を開け放つや、

そこには無惨にも天井板が
落ちておるではございませんか

お清

これは……いったいどうしたというのか? 誰かが入ったのでしょうか?

私には何も分かりません。ただ、音がしたのを聞いただけで……

お清

とにかく、シスター長に知らせなくては。澄音、あなたは部屋に戻り、休みなさい

……はい

部屋に戻った澄音は、胸元の
十字架を強く握りしめ、
瞳を閉じて思い悩んでおりました。

――嘘をついてしまいました。
これで本当に良かったのでしょうか?

心に芽生えたその迷いが、
彼女の小さな肩を静かに
震わせておりました。

翆緑の猫娘を描いたあの絵
――呪いの絵と呼ばれるそれに、
澄音はどこか悲しみを
覚えていました。

教会で保管されているのは、
災厄を世に放たぬため。
しかし、いつからか澄音の中には、

あの絵がただの災いの象徴ではなく、
何か言葉にできない哀れみを宿している
ように感じられていたのです。

あなたは、本当に呪われているのでしょうか……?

さて、教会に騒ぎが起こりしその夜、
シスターのお清は急ぎ足で
シスター長サヨリの元を
訪ねました。

お清

シスター長様、お目覚めでしょうか?

先の騒ぎに気づいておったサヨリは、
既に起きて蝋燭の光の中で待っておりました。

サヨリ

お清、これは何の騒ぎですか?

お清

はい、実は小屋に何者かが入ったようでございます。

サヨリ

なんですって……それで、
例の絵画は?

お清

ご安心ください。無事でございます。

サヨリ

あの絵画は、決して世に出してはならぬもの。
翠緑の輝きを帯びるあの絵がもたらす災い……それがどれほど恐ろしいものであるか、
知る者は少ないでしょう。私たちの手で守り続けねばなりません。

視線を窓に向けたまま、
サヨリの横顔はまるで何か
遠い記憶を辿っているようにも
見えます。その瞳の奥には、
微かな恐れと決意が宿っているようでした。
お清は深く頷き、即座に申しました。

お清

分かりました。それでは見回りを強化いたしましょう。

サヨリ

今は神父様が不在ゆえ、くれぐれも気をつけてください。
あの絵画が狙われている以上、何が起こるか分かりません。

教会の神父は布教活動のため
何日も戻っておりませんでした。

お清

承知いたしました。

そう言ってお清が部屋を出ようと扉に
手をかけた時、ふと視線が止まりました。

お清

あら、これは……?

扉に一枚の葉っぱがへばりついておるではありませんか。
お清はその葉を手に取り、
首を傾げながら申しました。

お清

私の服についていたのが落ちたのでしょうか

葉を拾い上げたお清は、そのまま廊下を
進み去っていきました。
だが、その様子を外の木陰に潜む鷹丸がじっと
見ておることなど、教会の者たちは
知る由もございません。
鷹丸は、
そのやりとりを耳にしながら、
口元に小さな笑みを浮かべました。

鷹丸

絵を守る? それほどの代物か……

斯様(かよう)にして、教会の静けさの
裏で、得体の知れぬ者が忍び
寄る夜は更けていったのでございます。

守られる絵画の秘密

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